問時
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創造と実現。4人の視線が交差する場所、「問時」。〜ブランドコンセプトを象るクロストーク〜

【メンバー】(左から)
古渡勇気:古道具店「るうぷたうん」主宰
古渡大:鉄工ブランド「十てつ」主宰
小林佑輔:建築家「レ点設計」代表
佐竹永太郎:建築家・クリエイティブディレクター「STAR /エスティエイアール」CEO

役目を終えたモノに現代の機能を与え、素材の経年による変化を時間の美として尊重する。さらに地域や環境と共生させ、開かれた設えを追求する……2025年から始動した「問時」は、鉄・古物・建築で“時を問い”、空間に時間の価値をもたらすブランド。独自の世界観を実現させているのは、2人の建築家と、古物商、鉄工アーティストの4人。探究心を軸に、本質的な価値を求める4人の視線は、伝統のその先に向けられている。

「問時」は、どのように生まれ、何を目指すのか。クロストークは、彼らの一拠点である茨城県常総市で行われた。

【はじまりの場所へ】

のどかな田園風景が広がる、茨城県常総市沖新田町。予想外のロケーションに、都心からも熱心なファンが通う、感度の高い空間がある。古道具店「るうぷたうん」と、鉄工ブランド「十てつ」のアトリエ、カフェ「FURU」を併設した古民家だ。

古美術商の古渡勇気と、鉄工アーティストの古渡大兄弟の世界観にすっかり魅了されたと語るのは、建築家の佐竹永太郎。古渡大に建築金物の制作を依頼したことから、繋がった縁だった。

そこから生まれた「問時」。スタートアップから今後の展開への思いまで、4人が自由に語った。

初めて訪れたとき、すぐにここの世界観に魅了されました。単なる懐古趣味ではない、地に足のついた生活感がある。こういう空気感がすごくいい、大事だなと思ったんです。アンティークとか、古いものが好きな人ってたくさんいるんですけど、モノはあっても、空間が伴ってないということが多いんですよね。例えばビニールクロスのマンションの一室に古美術があるっていうのは、なんだか座りが悪い。お寺の金箔も、仄暗いから艶かしく光る、ああいう座り勝手というのか。古いモノの価値を考えるとき、全体の空間というのはやはり重要だなと、ずっと考えていたところもあって。……ここは、古渡兄弟のご両親が古民家を買い取って、改築したんですよね?

父が、倉庫として使える場所を探していたところ、廃墟として出ていたこの物件に出会って、購入したのがはじまりです。それが、2016年かな。その前の年に酷い水害があって、敷地全体が水に浸かってしまった場所なんですが。ボロボロだったこの建物を見た父が、「どうしても直したい」という気持ちになって、2年以上かけてDIYしたんです。

お父さん、DIYは未経験だったんですよね。それでよくここまでリノベーションされたよね。すごいな。

YouTubeでハウツーを調べながらどうにか独学でやったという(笑)。デザインとかインテリアは母が考えて、父に指令を出して進めるという感じでした。当時僕は東京に住んでいて。大は、まだ大学生だったよね?

うん。

急に「廃墟を買ったから直すのを手伝いにこい」って電話があって。それで来てみたらこんな場所で。でも、僕もこの場所に惹かれて、ここで何かやりたいな、と思ったんです。それで東京からこっちに戻ってきて、掃除をしたり、作業を手伝ったりするようになりました。2年ほど経ってから、まずは小さめなスペースで、古着や小物を売るようになって、今に至ります。

僕は、もともと父が鳶職として使っていた古い溶接機や切断機などを倉庫から引っ張り出して鉄の加工をはじめました。それから見よう見まねで少しずつ技術を身につけて、プロ向けの照明器具や商品を作るようになって。大学を卒業してからは都内の建築メディアで働いていたことから、建築家の知り合いがたくさんいたんです。佐竹さんにお会いしたのも、そのご縁ですよね。コロナが明けてから僕もこっちに移って、アトリエを作りました。

兄の勇気さんは自分のセンスで、審美眼を持ってモノを選んでいる。弟の大さんも「鉄に生きる」と決めて、一つひとつ思いを込めて作っている。この兄弟の若い感性が、すごくいいなと感じたんです。これまで僕は、建築もインテリアも、全部自分でやってきましたけど、別の優れた才能と一緒に仕事をしてみたらどうだろう、面白いことができるんじゃないかな、とピンとくるものがあった。

この空気感に憧れる人がきっといる、ニーズは絶対にあると。だけど、こういう空気感って、なかなか簡単には再現できない。じゃあ、それを実現させられるような場づくりができたらいいんじゃないか、というアイデアが浮かびました。プロダクトと空間を含めて、全体の環境として提供しよう。古いモノに新しい感性で光を当てて、新たな価値創造をする=「見立て」を軸にブランドをたちあげよう、と。それで、小林さんに企画から入ってもらい、古渡兄弟を口説きにかかったんだよね(笑)。

佐竹さんのアイデアを聞いて、新しい可能性を感じました。コンセプトやネーミングなど、プロジェクトの根幹となる部分を4人でじっくり話し合って、それを少しずつ整理し、言語化していきました。

小林さんも、実家の古民家をリノベーションするんですよね。

昭和初期の建物を、35年前に祖父が増築した実家なんですけど、かなり古いので、断熱不足や雨漏りなど問題がいろいろあって。ただ、躯体はしっかりしていたので、古い部分を活かしつつ、リノベーションしようということになりました。育った環境もあって、僕は古い家やモノが好きなので、この「問時」のプロジェクトはかなりやりがいを感じています。

【特異なセンスを受け継ぐ兄弟】

僕がみんなに、こんなことがしたい、あんなことがしたいと、ゆっくりゆっくり話をして、どうだろう、1年半くらいは時間をかけたのかな。

そうですね。しっかり時間をかけて話したという感じ。

それで、いきなりブランドをローンチする、という感じではなくて、「こんなことをしようと思ってるんですけど、どうですか?」みたいなイベントを、2024年の12月にやってみたんですよね。

この、「るうぷたうん」でお祭り、フリーマーケットをやったときですね。

そのタイミングで、僕のアトリエの中を茶室に見立てて。それがなんとなくはじまりですね。そこから、こういう感じで手順を踏んでいけば、空間が成立しそうだな、と確認した上で、翌年から、本格的に問時の活動をスタートさせました。

問時ブランドとして初めて手がけた飲食店「やきにく尾崎」が、2025年12月にオープン*しました。唯一無二の存在である尾崎牛の独自性を際立たせる空間演出のため、コンセプトの段階から、問時ブランドで表現することを決めていました。鉄だけでなく、古物だけでもなく、その2つを組み合わせることによって生まれる世界。「問時」の発想は「見立て」ですから、そこに思いがけない価値を見出すことができる。そして、古物という不完全で不自由な存在を鉄が調律する。鉄という太古からある普遍的な存在が、見立てに機能を纏わせ、価値を創造する。それはやっぱり、鉄の作家と審美眼とが両方あってこそだと、僕は思っているんです。だから、こうして、兄弟2人が一緒にやることが大事だと考えています。

*リンク
https://www.yakinikuozaki.jp/

兄弟でコラボして何か一つのことに取り組むというのは、どうなんですか?

そうですね。顔はけっこう、似てると言われますけど、中身は全然違うので。でも、根本的なセンスは、どこかで共通しているところがあるのかな。

僕はどちらかというとデザイン思考で、けっこうきっちりと進めていくのが好きなタイプ。一方、兄は完全にアーティスト思考で、生活の中のカオスを楽しんでいるみたいなところがあって。それを、たぶん僕たち2人だけだったら絶対協働できなかったところを、佐竹さんと小林さんが入ってくれることで、なんとなく成り立っている。いざやってみたら、「自分だったらここからはスタートしないよな」という、兄の古物視点からの鉄への考え方というものを知ったりするので、面白いですね。

大の「十てつ」では、設計をして、同じ形のモノをクオリティ高く作って、それを続けている。僕の方は、この世に一つしかないものや、偶然の現象とか、そっちに重きを置いている。だから、日々のいろんな物事の捉え方はずいぶん違うんだけど、いいと思うものの感覚は、やっぱり同じだったりする。一点モノとプロダクトが噛み合うって、これまであまりなかったことだと思うから、うまく調和したら、とんでもなく面白いものができそうだな、という予感があります。

どうしたらこんなにセンスのいい兄弟に仕上がるんだろうね(笑)。

本当に。

この場所でカフェを営んでいるのは母で、設えも彼女がやっているんですよね。母は、僕らが小さい頃から、実家でも同じようにこういう感じで、季節の花を生けたり、器を作ったりしていました。絵を描くのも好きで。そんな環境が身近に、常にあって、そこからたぶん、無意識に影響を受けているのかな、と思います。父親は全然、そういうところとは別の領域にいる人なので、完全に作業担当。ディレクションは母。そういう関係性の中で、僕らは育ちました。

だから僕も、古物商の仕事の前は、グラフィックデザインの仕事をずっとしてましたね。絵も描きますし。展示をしたり、ライブペインティングしたり。

勇気さんの審美眼、モノ選びを基準というのは、どこから?

子どものときから、古いものとか、石ころを拾ったりするのがすごく好きでした。何かに見える石。中学の登下校中も、ずっと足元を見て、面白いカタチの石や、何か破片がないかなと探すのが癖で。今もずっと、それが続いている。宝探しの延長で、そんなふうにいろんなモノを見ていくうちに、それが骨董品や、漂流物を集めて売る仕事に繋がったという感じです。ここも、はじめは古着メインで売っていたんですが。いろんな古物を見る機会が増えて。どんどんモノのことを考えていくうちに、今の世界観というか、そういうものが少しずつ広がってきたかな、という感じで。まだまだ勉強中ですね。

【アーティストワークへの挑戦。建築家・佐竹永太郎の新境地】

自分は建築家であり、クライアントに対して最適解を提供する、“デザインの力で美しく解決する”という仕事を長く続けてきました。だから、クライアントとプロジェクトの最適解にあわせ、それぞれに解答の種類も、やり方も、テイストも変えてきたわけです。そこは大切にしていますが、年齢も重ねた中で、クライアントワークだけではなく、自分を起点とした、アーティストワークがしたい、と思うようになった。この世界観を好きな人が共感してくれたらいい、というやり方。これまではどちらかというと、人に共感して仕事をしてきたけど、自分にもずっと変わらないアイデンティティはあったから。作家活動をしたいと思ったタイミングで、古渡兄弟に出会った。この兄弟の世界に、惚れ込んだんです、僕は。発想と展開が広がり、実際に、楽しいですよね。「機織り機の杼(ひ)を持ってきました。取手にしましょう」とか、「照明にいいものをみつけました、錆びた井戸の蓋です」とか。このキャッチボールがいいんだよね(笑)。

どこかの何か、流派というよりも、あくまでも作家活動として淡々と。デザインって理論的に説明できるものだけど、説明ができない感性の部分、言葉にできないモノを作ることで、結果的に何かがわかるという作業が、アーティストワークだと思う。「問時」というのは、そういう光の当て方そのものが、見立てである、と。前職では、アートとなる建築の実現に携わり、会社を立ち上げてからは逆に、デザインとしての建築、全部“説明ができる仕事”を20年してきました。そこへきて今、“説明できない仕事”がしたくなってきている。古渡兄弟とのゴールは、「美しいものを作る」という部分はこれまでと一緒なんだけど、上り方が違うという感じ。その、言語化できない感性のところで、価値を作りたい。このメンバーなら、ただの石ころがすごいことになると思う。それが今、僕にとっては大事かな。どんな物事も、考え方や見方で変わりますよね。それが古美術と古物の楽しいところだし、それを無用と見るか有用と見るか。さらに、鉄によって実用性が加わるとこもあり、引くこともできるし、足すこともできる。何でも無限に調整できるから、やってみようよって、そんな感じで口説いていったよね。

僕はもともと建築を学んできたので、空間全体にしっかりと携わる仕事は、ずっとやってみたいと思っていました。だから、佐竹さんからのお話を受けて、そういう可能性があるんだったら、やってみようかなって、カジュアルに受け止めました。

僕は単純に嬉しかったですね。建築の世界で、第一線でやってきている佐竹さんに、僕のような感覚でしかやってきていないものを褒めていただいたのは、自分の存在を肯定してもらえたような気がした。「古物に光を当てる」ことを意識してきた中で、佐竹さんと小林さんという建築家と一緒に空間を作っていけるということが、とにかく楽しそうで、これはチャンスだなと思いました。

僕は勇気さん、大さんとほぼ同世代です。この「問時」は、仕事というよりも、クラブ活動のように、楽しいからやりたいという気持ちが強くて。2人とやりとりしていると、同世代ではあるけれど、「あ、こう考えるんだ」って、ふだんのものごとの捉え方の違いが見えてきて、すごく面白い。遠慮なく、フラットにいろいろ話せるチームワークもいいですよね。

お茶の世界も、アートの世界も、同じ土俵で異分野がぶつかることによって面白いものが生まれる。無茶振りの先に見えてくるものがある。ジャズのセッションのような、クラブ活動みたいな感じでキャッチボールして、「俺らこれでいいよね」みたいな感じになるのって、それも、いいよね。

【TOKYOから離れたところで見つかるもの】

古渡兄弟の拠点は、ここ(茨城県常総市)であるというところが、またいいんだよね。東京から1時間と少しだけど、東京とはまったく違う時間が流れている気がする。小林さんも、神奈川県の藤野という自然豊かなところに住んでいるよね。僕はこうして、都心と時間軸が異なる場所に身を置く時間がすごく大事だと思う。STARのオフィスは都内だけど、僕自身は自然が一番美しいと思っているし、自然にはどうやっても到達できない。だから、それを頭じゃなくて、身体でゆったりとした時間を感じている人が提供するモノは、やっぱり豊か。古物、鉄、自然、手仕事、それがあると、何かこう、空間の温度が上がるんですよね。そういう空間の体温が上がるようなもの。それを提供したいと思う。

ふだんはオーダーされた図面をもらって作る、という仕事のやり方が多いんですが、「問時」では、鉄に関わる部分は僕の方で割と自由に考えることができる。現場に行ってみると、アトリエで作っているだけとは異なる発見があって、新しいアプローチを思いつくことがあるんです。空間作りに携わることを前提でモノづくりを考えると、こういう側面も必要になるのか、など、新たな知見が得られるところが、本当に面白いです。

僕は、「ここにはまる、こういうものを、これくらいの予算で探してほしい」という依頼を受けて、全国をぐるぐる旅しながらモノを集めています。「問時」ではこれが、今までよりも、次元の高い宝探しができているような気持ちになっている。自分が選んだものを受け入れてもらえるところ、宝探しそのものが仕事になっているのが、とにかく楽しいです。

この「問時」では、僕が全部責任を取ります(笑)。僕がクライアントの代わりのようにして進めていくんですが、みんなのアイデアが本当に面白くて、ワクワクします。たとえば先日オープンした店舗でも、手洗いのボウルでいいのがなかなか見つからない、どうしよう、というときに、大さんが中華鍋を加工して「ちょっと曲げてみました」って(笑)。それがめちゃめちゃ綺麗な形で、びっくりした。うまく座りのよい花器と盆栽が見つからず困っていた時に、勇気さんが見つけてきたのが陶器製の土管。流木の盆栽の花瓶は鉄鉱石の塊。これがかっこいい。決まりました。

みんな思いつかないし、思いついたとしても、怖くて、最初の踏み出しができないですよね。ふつうのお客さんでは、そんなの選べないし、いいかどうかの判断も難しいと思います。そこを、彼らのセンスと自由な発想に委ねられるのがいいですよね。

【「問時」で、何がやりたい? それぞれの思い】

「この敷地の雰囲気を、そのままどこかに提供したい」と佐竹さんが言ってくれたんです。この場所自体の空気感は、単純に空間を設えるだけではできない、というところがあるので、多角的に考えたい。場づくり自体を「ここにはこういう人が相応しい」みたいな、ソフト部分からの提案を、古民家を使ってやってみたいという気持ちがありますね。

僕も、古民家は積極的にやっていきたい。空き家問題は、本当に大変です。地方を回っていると、困っている方々がたくさんいるんですよ。東京から移住してきたはいいものの、古民家の扱いが難しくてお手上げ、という人もいる。柱が虫喰われちゃってるとか、どこをどう変えたらいいか、また、どういうものを置いたらいいかわからない、と言うんですね。そういう人たちの手助けと、昔から残ってきた古民家を、現代のやり方で、どのように次世代に残していくかということを考えています。古物商なりに、家具を直すのと一緒で、家も直していきたい。そこに、鉄の力と、建築家の皆さんの力を借りて、それこそ、「問時」の成り立ちというか、今までに至るところを展開して、手助けができたら。僕にとってはそれが一番、やりたいことですね。

「問時」という名前がそもそもなんですが、解決策をバンって提示するよりも、プロジェクトとして、何か“問いを投げかける”みたいなことができるといいかなと思っているんです。2人が言う古民家のことも、「こうしたらうまくいくよ」というモデルケースを提案するのではなくて、場所、ケースによって、地域の人や、協力してくれる人たちと話しながら模索していくような。結果的に、こんな面白い場所ができた、みたいなことを体験してみたい。最近は、個人として日本民家再生協会に加盟したんです。これから古民家の所有者と話す機会も増えると思うので、そういうところから経験を積み重ねて、小さくでもはじめられたらいいかな、と思っています。

古民家のリノベーションもいいし、「問時」で空間全体を染め抜いていく感じも、もっと作っていきたいよね。僕は単純に、この空気感で、タイムレスに、豊かさに満ちた、ウェルネスな空間を提供したい。だから、年間何十棟の仕事を目指すとか、いくらを目標にする、とか、そんな経済的なゴールではなくて、4人のアーティストワークとして、ブランド価値をちゃんと評価してもらえるようにすること、そのロードマップを考えていこうと思っています。みんながそれぞれトライしたいことをトライしていけばいいんじゃないかな。その全部が僕はいいと思っている。皆の話す方向性には異論はなくて、それぞれの得意分野を活かして、部活動のように楽しめたら、それが一番だよね。